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昭和27年生まれです 終戦7年目に誕生しました。
決して裕福でなかった子供時代、当然家は平屋長屋の借家住まい、当時アパートもありましたが長屋の借家も多くあり、持ち家層よりも多かったのではないでしょうか?あくまでも私の感覚ですが家は狭く冬は底冷えのする京都市内、小学校の頃ストーブなどは、ほとんどの家庭に無く、墨を熾して暖を取る生活が当たり前で、辛いという思いはありませんでした。 |
狭い2帖の自分の部屋が原点
しかし、狭い借家でしたので、友達を家に呼んで遊ぶという事はなく、ほとんどは友人宅へ出向くか、外の空き地や公園で遊ぶのが、その頃の遊びのスタイルだったように思います。
中学生の頃は、個室を持っている友人がうらやましく自分の部屋を持つ事に憧れて夢見ていました。
親に頼んで、狭い家の一角に間仕切りをして部屋を造ってもらったときの事は嬉しくって
今も鮮明に記憶をしています。
狭い2帖の部屋でしたが、大きな夢の実現でもあり、今の私の原点がここにあるように思えます。
少し余談ですが、今の子供達は自分の部屋が欲しいと夢見る事も無く、与えられるほうが多いのではないでしょうか?疑問というよりもお客様の多くは子供部屋の間仕切りをご希望されます。
良いのか悪いのかとかの問題ではないのですが、部屋が欲しいと夢見て手に入れる感動、夢を実現する感動という事を見れば少し可愛そうな気がします。
又、不自由さの中の何気ない教育、そんな機会も失っているような気がします。
是非、これで安心「子育て住宅を成功させるチェックポイント」小冊子をご請求下さい。
もう一つの原点
私が結婚をする時、初めてのマイホームを購入
幼い頃から憧れていた夢のマイホームを手に入れた時の感動は、と書きたいところですが、現実は厳しいもので、住宅ローンの返済に対する不安のほうが大きかった事の方が記憶にあります。
高度成長も一服の40年後半~50年代、オイルショックなどを経験しますが、しかし経済は右肩上がりで、物価も上がりますが、所得も上がる、住宅金利は、今では想像できませんが固定金利しかなく、金利は8.22%と高い金利を記憶しております。
高金利ですが所得が上がるので、年返済比率は下がっていくという時代でした。
不安な住宅ローン返済が年返済比率の低下で、徐々に自信になる事を実感、返済能力の向上は人生に於ける生き方の自身にもなり、その結果家を建ててよかったと確信できる事が出来ました。
家を建てる事は、人生への自信にもなり、そして家族の幸せや豊かさを実感できる素晴らしい仕事と想い、31歳の時に12年5ヶ月勤めた自動車販売会社から住宅会社へ転職しました。
自動車販売会社といっても私は営業でなく、メカニックの仕事を12年経験しました。
住宅会社で始めての営業の仕事を始めたのです、大変でしたが無我夢中で楽しかった。
「いい家に住みたいその事は万人の願いである、その実現のために私たちは働く」
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